大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和51年(ワ)178号 判決 1978年9月28日

原告 黒川祐吉

右訴訟代理人弁護士 沼田安弘

被告 有限会社ままだガーデン

右代表者代表取締役 福地和子

右訴訟代理人弁護士 我妻源二郎

同 濱田正夫

同 松井宣彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  被告は原告に対し金一四三九万六〇一四円及び内金一二三九万六〇一四円に対する昭和四九年五月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(土地の工作物設置の瑕疵に基づく責任)

1 原告は昭和四九年五月一九日ゴルフ場「ままだガーデンゴルフセンター」においてゴルフ競技中、第六番コースのティーグラウンドに敷置されたゴム製ティーマット上から八番アイアンクラブでティーショットしたところ、高くはね上がったティーが左眼に当って負傷し、左眼が失明した。

2 右事故は土地の工作物であるティーグラウンド設置の瑕疵に起因するものである。すなわち、ティーグラウンドからティーショットした場合、ティーはある程度回転しながらはね上がるものであり、しかも打者は打球後もティーの位置を見つめて顔や頭を動かさないようにするのであるから、ティーグラウンドはティーショットの際ティーがはね上がって打者の顔面に当る危険を防ぐため、できる限りティーのはね上がりを小さくするよう芝を植え込むか、人工芝を使用したものでなければならない。ところが本件ゴルフ場のティーグラウンドは、打者が厚さ約三センチメートルのゴムマットにティーを差し込んでティーショットするように設置されており、右のようにティーショットした場合、ゴムマットに差し込まれたティーは、マットの弾力性によって芝や人工芝を用いたティーグラウンドの場合よりも異常に強く回転しながら高くはね上がり、非常に危険であるから、右ティーグラウンドには瑕疵があるというべきであり、右瑕疵によって原告は負傷したのである。

3 被告は本件ゴルフ場を経営し、土地の工作物であるティーグラウンドを占有かつ所有している者である。

4 よって被告は、ティーグラウンドの設置の瑕疵に起因する事故によって原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

(不法行為に基づく責任)

5 仮にティーグラウンドは土地の工作物ではないとしても、被告の代表者はティーグラウンドに芝を植え又は人工芝を用いるなどして、打球の際のティーのはね上がりをできるだけ小さくして危険防止に努めるべきであるのに、芝や人工芝を使用する場合よりもティーのはね上がりが大きくなるゴムマットをティーグラウンドに敷置した過失があり、原告の負傷は右過失に基づくものであるから、被告は原告の損害を賠償すべき責任がある。

(債務不履行責任)

6 仮に、以上いずれも認められないとしても、原告は被告に対し次のとおり債務不履行に基づく損害賠償責任がある。すなわち、原告は昭和四九年五月一九日被告との間で、被告の経営する本件ゴルフ場をゴルフ競技のために利用する契約を締結したうえ、右ゴルフ場施設を利用したが、被告は原告が安全にゴルフ競技のできるよう危険性のないゴルフ施設を利用させるべき契約上の義務に反し、前主張のような危険なゴムマットを敷置したティーグラウンドを利用させたのであって、これは債務の不完全履行であるところ、原告はそのため、前主張のとおり負傷し損害を被ったから、被告は債務不履行による原告の損害を賠償すべき責任がある。

(損害)

7 原告の被った損害は次のとおり合計一四三九万六〇一四円である。

(一) 応急処置料 三〇〇〇円

(二) 初診料 二〇〇円

(三) 入院費(ベッド差額負担分) 六万円

(四) 交通費 一万一二〇〇円(本人分一〇〇〇円、妻の分一万〇二〇〇円)

(五) 入院諸雑費 三万円

(六) 看護料 三万円

(七) 眼鏡代 一四万一〇〇〇円(既払分四万一〇〇〇円、将来分一〇万円)

(八) 医師及び看護婦への謝礼 二万五〇〇〇円

(九) 休業損害 一七万四三〇〇円

原告は本件負傷により昭和四九年五月二〇日から同年九月二一日までの一二五日間休業したが、その内公休日三五日、夏季休暇七日を除くと実休業日数は八三日であるところ、原告の一日当り休業損害は二一〇〇円であるから合計一七万四三〇〇円となる。

(一〇) 昇給遅れによる逸失利益 九五万六四五五円

原告は東京書籍株式会社に勤務している者であって、昭和五〇年四月に昇給したが、その昇給額は本件事故による欠勤のため五八〇円減縮され、そのため将来も少くとも毎年二〇パーセントを下らない昇給に影響するところ、昭和五〇年四月から五五才定年時の昭和六二年二月までの間の右昇給遅れによる逸失利益額は三三万七四二一円である。また右昇給額減少に伴い将来定年時までに得るべき残業手当は一〇万五二九九円の減少、賞与額は二八万一一八四円の減少、退職金は二三万二五五一円の減少となり、以上合計額が九五万六四五五円である。

(一一) 後遺障害による逸失利益 六三六万四八五九円

原告は本件事故による負傷の結果、左眼失明の後遺障害を有するに至り、労働能力を四五パーセント喪失したけれども、現職在勤中の昭和六二年二月までの右喪失による損害は算定不能のため慰藉料での考慮を主張するが、定年後の昭和六二年三月から就労可能な昭和七四年二月までの逸失利益を算出すると、五五才男子の全国平均賃金月額一九万二五〇〇円に対する右就労可能期間一二年間の新ホフマン式計算法による現価(係数六・一二三)は六三六万四八五九円である。

(一二) 慰藉料 四六〇万円

原告は本件事故による負傷のため昭和四九年五月一九日から同年六月一〇日までの二三日間と、同年七月一六日から同年八月二一日まで三七日間の二回の入院治療及び、昭和四九年六月一一日から同年七月一五日までと、同年八月二二日から同年九月二一日までの通院治療を要し、尚症状は固定せず通院継続中であるから、右傷害による精神的苦痛を慰藉するには金六〇万円を下らない金額をもって相当というべきである。また、原告は左眼失明のみならず、右眼の視力も著るしく低下すると共に乱視が生じ、極端に目が疲れ易くなり頭痛が頻発するようになったほか、脳裏にチラチラと波紋様のものがうつり、それが右目からの影像と二重写しになったり、右目の影像にも糸屑状のものが見えたりなどの後遺障害があり、左側の視野が狭くなって人や物と衝突したり、読書や書字、押印等にも不便を来しているが、この後遺障害による精神的損害を金銭に見積るとすれば、前記算定困難な労働能力喪失による損害をも考慮した場合、金四〇〇万円を下らないというべきである。

(一三) 弁護士費用 二〇〇万円

(結び)

8 よって原告は被告に対し右損害金一四三九万六〇一四円のうち弁護士費用を除く一二三九万六〇一四円に対する事故の翌日である昭和四九年五月二〇日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、左眼失明の点を除き認める。右失明の事実は知らない。

2  同2主張のティーグラウンドの設置に瑕疵あること、原告の負傷が右瑕疵に起因することを否認する。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

5  同5はすべて否認する。

6  同6中、被告の債務不履行の点は否認する。

7  同7はすべて争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1主張のとおり、原告がゴルフ競技中、ティーが左眼に当って負傷したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は右負傷の結果、左眼を失明したことを認めることができる。また被告は本件ゴルフ場の経営者であって、同ゴルフ場のティーグラウンドを占有していることについても当事者間に争いはない。

二  《証拠省略》を合せると、

本件ゴルフ場は九ホールを有するいわゆるミニチュアコースで、各コースのティーグラウンドにはティーマットが敷置されているが、右ティーマット(以下「本件マット」という。)はスチールワイヤーの上にゴムと木棉糸を張合せて作った長細いきれをスノコ状に接合した六〇インチ(一・五二メートル)×四二インチ(一・〇六メートル)大の英国製で、ティーグラウンドにおける打者の足下を固定させることを主目的とするものであり、打者はティーをマットの隙間から直接土中に差込んだり、マット両端部分の波形隙間(別紙略図参照)の狭くなった部分に差込んだり、あるいは接合された長細いきれの合さり目に差込むとかして、打球するものであること、

原告は当日九ホールを一巡した後、二巡目の八番コースに至り、ティーショットした際に前示のとおりティーがはね上がって左眼に当る事故に会ったが、ティーショットの際のティーの立て方は、一巡目の三番コース以降、いずれもマットのきれの合さり目にティーを差込む方法によったこと、をそれぞれ認めることができる。

三  次に鑑定人河村龍馬の鑑定の結果及び証人河村龍馬の証言によれば、

ティーショットの際、ティーにクラブヘッドが衝突すると、その瞬間ティーの頭部付近に前向きの衝撃がかかり、その作用でティーは保持部を抜け出すと同時に前向きに倒れ込み、ティーの頭部が床面に打ちつけられるが、このティーの頭部と床面の衝突の結果、ティーがはね上がるのであって、ティーのはね上がる高さ、強さ、速さ(以下これらを総括して跳躍度という。)は、ティーのクラブヘッドから受ける衝撃の強さ(クラブヘッドのスピード)、ティーの抜出す際の抵抗力(ティーの差込み方の深さ、差込み部の硬さ)、床面における反撥性能の三要素によって決まること、すなわち、打球の際のクラブヘッドのスピードが速ければ速い程、跳躍度は大きく、ティーの差込み方が深ければ深い程、また差込む床が硬ければ硬い程、跳躍度は減少し、床面の反撥力が強ければ強い程跳躍度が大きくなること、

ティーショットの際ティーの立てられた所が、芝の生えた上、人工芝ティーマットの上、裸土の上の場合の各跳躍度は、長毛人工芝ティーマットの場合が最も大きくて、裸土の場合が最も小さく、本件マットは、原告がしたようにマットの合さり目にティーペッグを差込んだ場合でも、長毛人工芝以外の人工芝ティーマット及び自然芝の場合とほぼ同程度であること、

が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  ゴルフ競技において、ティーショットの際の多くの場合、ティーがはね上がるのが通常であることは原告の自陳するところであるが、はね上がったティーが、打者の顔面に当って負傷の結果が生じ得ることは経験則上明らかであり、ゴルフをする者は、右通常のティーのはね上がりによって起り得る危険を認識しているというべきである。

ところで原告の主張によれば、原告が負傷したのは、本件マットを使用してティーショットした場合のティーの跳躍度が、自然芝の上や人工芝ティーマットの上での場合より異常に大きいためであるとし、本件マットを敷置した被告のゴルフ場のティーグラウンドは自然芝のティーグラウンドや、人工芝ティーマットを敷置したティーグラウンドより危険性が高く、瑕疵があるという。しかしながら原告本人の供述では右主張を認めるに足りないし、他にこれを認めるべき証拠はないばかりでなく、かえって、前示のとおり本件マットを使用した場合と自然芝の生えた上や、人工芝ティーマットの上でティーショットした場合とで、ティーの跳躍度に目立った差異は認められないこと、《証拠省略》によれば、本件マットは、我が国でもかなり以前から数か所のゴルフ施設において使用されているけれども本件のような事故は他には発生しておらず、本件事故は稀有の例と認められること、に徴すると、原告の負傷は原告が本件マットを使用したことと相当因果関係にはないと推認される。すなわち原告の負傷という結果は、ゴルフをする者が認識し容認した通常起り得る危険が不幸にしてたまたま起ったものであるというべきである。

右説示のとおりであるから被告の占有するティーグラウンドに瑕疵があり、その瑕疵によって原告が負傷したとの原告の主張は理由がないというべきである。

五  次に、原告は本件マットが危険性を帯有することを前提に、被告の不法行為責任及び債務不履行責任の存在を主張するけれども、本件マットが原告主張の危険性を有するものとは認められないことはこれまでの判示から明らかであるから、この点において既に右各主張は失当というべきである。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 真栄田哲)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例